ブータン初の日本式庭園「三春ガーデン」

JICA 専門家 仲田茂司

(有限会社 仲田種苗園)

【要旨】

■本年9月20日~10月1日、JICA草の根技術協力事業により、ブータン初の日本式庭園である三春ガーデンを首都ティンプーに造園した。5000平米の本格的な池泉回遊式庭園である。

■三春ガーデンは、内覧会に参加したブータン農林省や王族の方々に「美しい」「リラックスできる」と大好評で、ブータン最大の新聞クエンセル紙9月30日付は、1面にコンセプトから、工程、我々一人ひとりの役割までを詳細に報じた。

■三春ガーデンの目的は、我々と共に造園したブータン人が、自然に学び自然を活かすという日本の造園思想と技術を身に着けることで、今後彼らが中心となって近年急激に悪化した首都の都市環境を改善することである。

■三春ガーデンには、町民が寄贈した滝桜が植栽されている。今後三春町内に造園する予定のブータンガーデンと共に、三春町民とブータン国民が末永く交流する拠り所となることが期待される。

 

造園スタッフ(日本&ブータン)

滝石組と造園関係者

開門式

開門式(左リンジン次官、右渡邉淳)

活景の流れを見学する

活景を見学するリンジン次官(左から3人目)

王族との記念写真

王族と記念写真(前列中央が仲田)

1 JICA草の根技術協力

私は福島県石川町で園芸植物生産と造園を営業する有限会社仲田種苗園を経営している。元三春町職員という縁で、同町が提案したJICA草の根技術協力「花卉園芸・造園分野での人材育成による首都緑化計画支援」(地域活性化特別枠)の専門家として、2015年5月から2016年10月1日までの間、計4回ブータン現地で指導した。また2回にわたって、延べ4人のブータン農林省職員を社内で園芸と造園の研修をした。

本年9月20日~10月1日の第4回現地指導は、これまでの技術訓練・人材育成の成果として、ブータン初の日本式庭園「三春ガーデン」を我々の指導の下、ブータン人スタッフが主体となって造園した。

専門家として、私と弊社工事部長の岡部公一、渡辺造園(三春町)社長の渡辺倫良氏が指導し、また三春ブータン協働実行委員会の弓削康史氏と三春町役場の渡辺淳氏がマネージメントを担当した。

2 悪化するブータンの都市環境

1960年民族学者の中尾佐助が「ブータンの花」を刊行して日本国内に大反響を呼んだように、ブータンは世界屈指の植物資源国である。2005年5月、私は植物探索ツアーに参加して、ブータンを訪れた。その時見た首都ティンプーは質素ではあったが、静かで落ち着きがあり、往来する市民の8割は民族衣装で、礼儀正しかった。まさに限られた資源を分かち合う「幸福の国」であった。

ところが10年ぶりの2015年5月にJICA専門家として再訪すると、郊外にはあまりセンスが良いとは思われないカラフルな5階建ての集合住宅が乱立、市中は人と車で混雑して、側溝にはプラスチック製のゴミが溢れていた。人々の服装も民族衣装は10年前とは逆転して2割程度で、若者のほとんどはスマートフォンを手にして、落ち着きがなく、「幸福度」が薄れている感じがした。

これは2008年に絶対王政から議会制民主主義に移行した際に、急激な開発政策が行われたためで、この8年間で狭小な谷間に立地するティンプーの人口は10万人から14万人に急増した。国全体の人口が70万人であるから、その2割が首都に集中している。

第5代のワンチュク現国王は、イギリスに留学して美しい街並みを経験していることから、ティンプーの都市環境の悪化を憂い、その意向を受けて2012年頃から政府は緑化に力を入れている。しかし街路樹と言えばヤナギ、花と言えばマリーゴールドやコスモスなどの花壇苗というように単調で、しかもせっかくの世界屈指の植物資源が活かされていない。

2005

2005年

2015

2015

3 日本の造園技術でブータンの自然を活かす

1000年前に日本で書かれた作庭記に「自然の摂理に学べ」と書かれているように、日本造園の本質は、自然に学び、自然を活かすことである。私は、急激な都市化により環境が悪化している首都ティンプーを緑化するために、ブータンの自然や植物を、日本の造園技術で活かすことを、2015年5月と2016年3月、農林省に対するプレゼンテーションで提案した。

2015年7月と2016年7月のブータン農林省職員延べ4人の日本国内研修では、いわき市の水族館アクアマリンふくしまにおいて、仲田種苗園が設計施工した、自然の滝や流れを再現した「カワウソ水槽」で、日本造園の思想や工法を実習した。

2016年6月、ブータン花博に「Japan Garden by Miharu」を出展した。日本式庭園の真髄として、古城パロ・ゾンをドンと借景にいただき、既存のヤナギを利用して風情を出した。またブータン産竹を利用して、日本式の竹垣「四ツ目垣」をブータンスタッフに訓練した。借景や既存ヤナギの使い方など自然を活かした造園については、2011年に相馬市を訪問して県民に勇気を与えたワンチュク国王に褒めていただき、2度も握手していただくという光栄に浴した。また花博実行委員長の王母さまからは、日本式庭園の美とそれをブータン人が我々の指導の下に作り上げたことに対して、「Great job(素晴らしい仕事)だ」というお言葉を頂戴した。

2016年9月26日、ブータンを兼務する在インド日本大使館主催のジャパンウィークのイベントとして、私は「ブータンの自然を活かす日本の造園技術」と題して講演した。2015年3月から1年半にわたって積み上げてきた、ブータン人への訓練や花博での実践をたくさんの映像や写真で紹介したこともあって、参加した農林省職員や王族からは、「自然を活かす」というコンセプトに共感をいただくともに、29日にオープンする三春ガーデンに対する期待が高まった。

ブータン花博の日本庭園

Japan Garden by Miharu

 

4 三春ガーデン

デチェンチョリン地区はティンプー谷の北東、市街地から約5キロメートルのところにある。ここに王立花卉アメニティ造園センター(Royal Floriculture Amenity Landscaping Center,.’FALC’)があり、その敷地内の西端に三春ガーデンを造園した。道路を挟んで西側には第3代国王夫人が住む宮殿が隣接する。

2015年5月に私が訪れたときには、流れをせき止めた池と滝があったが、多くは藪に覆われていた。南北に里山があり、南の山から流れがティンプー川に向けて南流する。私はその景観と水量が適度な流れに潜在的な可能性を確信して、日本式庭園を造ることを再三提案してきた。

三春ガーデンの敷地は約5000平米である。造園の方針としては、まず南北の里山を借景とするために、アカシヤなどの樹木を伐採して眺望を確保することとした。次に敷地の北側4分の3は、流れを中心とした自然を極力活かす「活景」とし、南側4分の1は流れを堰き止めて、日本の技術を駆使して滝や流れを新規に造園した。

活景:二の滝から北の借景を望む

二の滝から望む北の借景

活景:南の借景

活景:南の借景

日本式庭園の真髄は、自然に学び、自然を活かすことである。活景としては、水流が当たるコーナーの箇所を中心に石組みをするが、石を垂直に立てずに、人力施工で、上から石を落として落ち着いた所に据えた。また流れに紋様を作るために、ポイントとなる箇所に石を投げ入れたが、人工的に見えないように、私は「ランダム、ランダム」と口酸っぱくブータン人に指示した。

活景:一の滝

活景:一の滝

造園的な滝石組は、石を垂直に立てて静的な石組みとした。なにしろブータン初の日本庭園なので、重機のオペレーターとのコミュニケーションが難しい上に、ワイヤーが日本から持参した細いものしかなかったので重い石をなかなか思うところに設置できなかったが、担当した岡部の指導にブータン人達は歓喜しながら日本の造園技術のち密さを学んだ。

造園:三の滝

造園:三の滝

池と道路の境には、長さ20mの四ツ目垣を作って目隠しとした。また活景と造園の境には、鉄砲垣と建仁寺垣を設けて日本庭園の風情を出した。四ツ目垣は日本の2級造園技能士、建仁寺垣は1級造園技能士の証であるが、ブータン人の上達ぶりに、指導した渡辺倫良氏も感心した。

活景:池

三春は、梅・桃・桜が一緒に咲く美しい土地ということから名付けられた。三春ガーデンも、町から寄贈された滝桜の子孫木をはじめとした梅・桃、さらにヒマラヤモミジやヤマブキ、アジサイなど、日本原産もしくは日本の四季美をイメージさせる樹木や草花を植栽した。

わずか実働6日間という短期間であったが、5000平米の立派な池泉回遊式庭園を完成することができた。これも1年半の我々の指導を受けたツェリン主任やティンレイ君とテンジン君を中心に、15人を超えるFALCスタッフが献身的に働いてくれたお陰だ。

さて9月29日のオープン式には、リンジン・ドルジェ次官をはじめとする農林省幹部・職員や26日私の講演を聞いて駆けつけてくれた王族などが参加した。多くの方が「日本式庭園は美しい」と褒めてくれたが、特に王族の女性たちが活景空間のビューポイントに設けたベンチに座り、流れやその音を見聞して「とてもリラックスできる」と言ってくれたことが、造園家として無上の喜びである。
読売20161009