3日目は、旧中谷第2小学校を見学した。
今から70年前、中田区の住民は小学校高等科の生徒たちが遠距離通学を強いられていることを憂慮して、決起、中田義塾を設立運営した。私の祖父仲田美種は30歳でその副塾頭を務めた。
義塾は1年間自主運営されて、村当局がこれを認め、中谷第2小学校の前身となった。現在の校舎は、25年前に私の父茂が、促進委員長となって、木造化を実現した。
昨年春に廃校となったが、木造校舎はますます美しく、少しでも役に立てればと、留学生たちを案内した。
中田義塾 前列中央短髪背広姿が祖父美種
」
父茂は、当時の石川営林署長島田泰介氏(後の林野庁長官)と連携して、校舎の木造化を実現した。
前夜の交流会では、中田郷づくり女性部コピアの100%地元産の郷土料理に舌鼓を打った。